廣木 隆一さん(映画監督)
僕にとっては懐かしくあり、まさしく原点の様な映画でもあります
塩田 時敏さん(映画評論家)
春画が動いた。
映画になった。
温もりあるフイルムで撮られたピンク映画は、いまや世界遺産、映画遺産だ。
「たからぶね」の体位をとる女優さん達が、まさに弁天様の如く輝いている!
友長 勇介さん(写真家)
「たからぶね」ほんとおもしろかったです。
愛田さんはもちろんですが、おばさん役の佐々木麻由子さんがよかったですね。
…うまく説明できないんですが、叔父さん夫婦と四人で鍋を囲んでいる、ちょっと引きのシーンがありましたが、普通もっと寄って撮ってもいいのかなと思いましたが、何故かあのシーンが印象的でした。
松岡 幸子さん(主婦)
「呑気と見える人々も心の底を叩いて見るとどこか悲しい音がする」と文豪漱石も言ってますが、この映画の主人公達も、そんなどこか寂しい日常にも滑稽を忘れないで精一杯生きていて元気をもらいました。
四十八手の技もよくよく見るとどれも一生懸命でユーモアがありますね。
九里田 知見さん(整体師)
初めて見たピンク映画なのですが、こんなにおなかを抱えて笑える場面があったり、もっとエロさが全開で男性が観られるものだと思っていましたが、こんなにストーリーがあるとはビックリ驚きでとても見応えがありました。
…この体位(たからぶね)私もやってみたら脚つるのかなぁ~(笑)と思ったりで、女性の方に見ていただきたいですね。
これを機会にピンク映画をまた見てみたいです。
古本 奇納子さん(OL/女優)
「みんな なかよく いとおしい」
『色道四十八手 たからぶね』が船出した。
井川耕一郎監督をはじめ、ピンク映画に携わる人々の渡辺護監督へのたくさんの愛が『色道四十八手 たからぶね』に積み込まれた。
そのためだろうか、『色道四十八手 たからぶね』はエロチックでありながら せつなく 哀しく おかしく いとおしいのである。
エロス海をいついつまでも漂っていてもらいたい。
玉本 英子さん(ジャーナリスト)
ピンク映画が、こんなに面白いとは。
それでもってハッピーな気持ちにさせてくれるなんて…。
「宝船」ってなあに? 答えは映画館で。
女性必見!
津田 牧子さん(女優)
エロはもちろん、ユーモアありサスペンスあり、そして哲学的。
四十八手はフィルムの質感と相性バッチリ、ピンク映画ならでは!
創り手の渡辺護監督はじめスタッフ&キャストも長年ピンク映画界を牽引してきた面子ばかり。ベスト盤みたいな一本。
坂田 律子さん(写真屋、音楽家)
ピンク映画のこと、実はあまり知らないんですが、こんなにいいもんなんですね!
愛はすばらしくて悲しい、切ないっていう映画はよくある気がしますが、
たのしくてアホだ、みっともなくてうれしいっていうのはセックスをとおした方がずっと身をもって描けるのかな。すかっと面白かった!!!!
愛田奈々さんうつくしいですね。
もっとピンク映画観ます。
景山 佳代子さん(博士 〈人間科学〉 )
性風俗の核心には、欲と情と、
人との交わりの中でしか生きられない人間の性(さが)がある。
セックスだけでは「エロ」は生まれない。
人間の悲喜交々が交差してこそ、はじめて「エロ」は匂い立つ。
だから、エロには笑いがある。エロには涙がある。
ピンク映画を愛する人たちは、
「エロ」が、生と死、悲劇と喜劇が交錯する場に生まれるものだと知っている人たちなのではないだろうか。
赤江 かふおさん(スケベテッィクアーティスト=スケベティスト)
今後、若い世代にもっとピンク映画の歴史や原点についてもっと知ってもらいたい。
"いけないものを、みる。"という秘匿感をもっと味わってほしい。
私は自信を「スケベティスト」(エロティック等西洋的価値観でない土着的エロを愛するもの)と称して居ますが、この"いけないもの"という価値観は非常に大切です。

全文はFacebook〈渡辺護の映画四十八手〉に掲載しています
https://www.facebook.com/pgpinklink
宮田 仁さん(編集者)
ピンク映画の巨匠・渡辺護監督が昨年末に亡くなり、
自主映画界の実力派・井川耕一郎監督が引き継いで撮ったもので、
「ピンク映画五十周年記念作品」が、よろこばしいアートになってくれました!
ピンク映画も35ミリ・フィルムも風前の灯となるなか、
マジョリティに抗うモノ作りに喜びを見出す
スタッフ・キャストが結集して、
人間が生きて死ぬことの楽しさ、哀しさ、不思議さを
絶妙な音とセリフ、四人の男女の顔と身体に
奇跡的に結晶させてしまったのです。
一人ひとりが意識して作ることは決してできないアートの真骨頂。
ときに離合集散する少数精鋭集団こそ
これからのレジスタンスを担うのだと信じています。
榎本 敏郎さん(映画監督)
脚本家としてだけではなく、時折、監督作も発表していたので、これが井川耕一郎氏の初の商業映画監督作といわれてちょっと意外な気がしました。
けれども、商業映画とはいえ「ぴんくりんく」と「PG」の主催者が中心となって進めてきたこの企画、渡辺護監督の急逝により井川氏が撮ることになったということですが、商業映画と自主映画の合間で出来上がったようなこの映画を観て、結果井川氏が撮るべくして撮った作品なのだと感じました。
内面があるようでいて、それを窺わせない雰囲気を漂わせる登場人物を、見知った役者さんたちが見知らぬ演技で見せてくれる、『色道四十八手 たからぶね』はそんな映画でした。
元木 隆史さん(映画監督)
かくもおかしき画ものがたり。

ピンク映画50年だって?
どれだけの女と男の化かし合いがあったんだ?
バカ試合、馬鹿し愛。
パソコンの変換てのは、便利な世の中になったね。

20代のウチに観とけって。
プログラムピクチャー真っ只中の僕は思う。
読み捨てられるほどの日常にホンマがあるんやて。
この映画こそスマートだわ。
小出 豊さん(映画監督)
傑作古典落語「羽団扇(はうちわ)」を換骨奪胎した今作は、「のこった!のこった!」「たからぶね」「しじゅうはって」「あんたんとこにかきあるの」など、響きは楽しいけれど、ぱっと意味を解せないキーワードを着火剤として、広く流通するドラマツルギーとはまったく違った回路で卍巴と切り結びいつのまにやらひとつながりのうねりになっています。
井川耕一郎のその手さばきはいつもながらにイリュージョン! 結果、まったく違った姿形になった井川流ではありますが、本家が傑作であるところの、めくらめっぽうなおめでたさが、『色道四十八手 たからぶね』にも溢れています。
渡辺護は死んだ。その痛ましさに溺れるのではなく、ピンク映画の慶事に向けて、こんなお頭つきの映画が生まれたことをみんなで祝いたい!
いまおか しんじさん(映画監督)
岡田くんのしょぼくれた姿が、忘れられない。
ヤケっぱちとやさしさのまじった寂しげな表情に、心打たれた。
女に振られる男はいつも死にたくなる程寂しいものだと思い出した。
坪井 亜紀子さん(画家)
井川耕一郎監督は私が大好きな監督です。
『たからぶね』はピンク映画なのですが、
愛田奈々さんが色っぽく、けれどもその表情の奥の哀愁もちゃんと映し出されていて
井川監督独特の世界がこれまた繰り広げられていました。
コメディなのに、劇中に流れる音楽も相俟って、観た後はちくっとする不思議な切なさが残りました。
中村 勝則さん(映画ライター)
映画のほとんどがデジタルと化した現在で唯一フィルム撮影→上映を貫いてきたピンク映画。しかしピンクにおけるフィルムも2014年をもって終わろうとしている。
そんななかであえてフィルムにこだわり、故・渡辺護監督の遺志を受け継いで本作を完成させた作り手たちに心から敬意を表したい。
これはピンクの枠を超えた「正統派ピンク映画」であり、ピンクでしか表現できないであろう、愛おしい人間たちの悲喜劇である。
江尻 真奈美さん(シアターカフェ 代表)
ピンク映画50周年記念作品だけど、もしかして、女性のほうが見て(試して)楽しいのかも、と思った『たからぶね』。
ヒロインの愛田奈々さんは女性から見てもとても魅力的。
叔母、敏子の年に近い私は、ミネラル必須!とつくづく思いましたよ。
鎮西 尚一さん(映画監督)
祈るように作られたのだと思う。地道な作業を積み重ねた辛抱強い職人気質に満ちた映画だ。
井川さんの作品でこんなにも人間同士が見つめ合うことがあっただろうか。
語りたい事があるのだと今を生き抜く意思だけが切実に届く。
「た・か・ら・ぶ・ね」と見終わった後に呟いてみて欲しい。そっと励まされるだろう。
七里 圭さん(映画監督)
四十八手の宝船に、詩を見出してしまうあたりが、すでに井川ワールド。
奇妙キテレツな艶笑譚が、ピンク映画の歴史的巨人・渡辺護監督への追悼作だと思うと余計に切なくなる。
それにしても、渡辺護の晩年への井川耕一郎の献身は、実に美しいものだったと今にして思う。
きっと渡辺さんはこのシャシンの仕上がりに、雲の上で「ありがとう」と目頭を熱くしているはずだ。
村上 賢司さん(映画監督・テレビディレクター)
ヒロインが可愛く、しかもエロくて、とっても魅力的!
登場人物全員が発情しているのも、うれしい!
ああピンク映画はこうでなくちゃ!
夏の昼下がりに暇つぶしで入った高架下のエロ映画館で出会いたい作品です。
Kuzawaさん(@zawaku Twitterより転載)
泣きたくない、ほっこりしたくない、乗り越えなくない、今、映画館の暗闇の中で何がしたいかといったら、ただ、喪黒福造のような笑顔を浮かべたいのだ。
今日見た『色道四十八手 たからぶね』、ものすごくハッピーになれましたよ。
高柳 哲司さん(アニメーション演出家)
高校生の頃、
小岩の映画館で始めて見たロマンポルノが
渡辺護さんの『処女残酷うぶ毛』でした。

「11PM」を見ていたら「ピンクリボン賞」をやっていて
渡辺護さんが受賞されて『好色花でんしゃ』を撮られました。
この作品は見逃していてずーっと気になっていました。

その後、私はアニメの道に進みました。
そして気がついたら30年経っていました。
今回、あるご縁で『たからぶね』を拝見させて頂きました。

チャーミングなキャラクター達の右往左往ぶりがとても面白かった。
千春のふてぶてしさ、一夫の飄々とした感じ、
健次の情けなさ、敏子の過激さ
井川さん、映画完成おめでとうございます。
ぜひ多くの方に見てもらいたいと思います。
西山 洋市さん(映画監督)
「映画はこうでなければ。面白い展開だぞ・・」みたいな標準的な次元をいつの間にか遥かに超えて、この映画は近頃まれにしか見られないハレの世界をどーんと(そういう音が聞こえたような気さえする・・)出現させるに到る。その光景がどういうものか・・観ればわかるが、映画の向う側に到着してしまったようなめまいを感じるはずだ。
そして「ピンク映画」というジャンルの持つ跳躍力にいまさらながら気付かされると同時に「低予算映画」の可能性を再び確信するに至るのだ。
阿部 嘉昭さん(評論家・詩人)
愛田奈々は、最初にマンション住まいの居間で、夫と紙相撲に興じる表情がすごくノーブルだ。わらうと高貴さを発散する女優だとわかる。そのあとの含羞にみちた寝室での濡れ場では、横顔のラインのうつくしさが強調される。そうなって好色が画面にしるしづけられたときの物質的な悪意と抵抗性がつよく胸をうつ。おおきめでかたちのよい乳房のやわらかさも、局面局面で見事に濡れ場進展に活用されている。

ブログより抜粋しました 全文はこちらにて http://abecasio.blog108.fc2.com/blog-entry-2038.html
YOUCHANさん(イラストレーター)
この映画の前半が特に好きです。秘密を内包した千春がふと見せる、儚げな表情。
そして、反復される生活音と、音と音・声と声との間の一瞬の無音が、この映画に独特の彩りを添えていると感じました。
「間」がいい塩梅なのですね。表情にも、動きにも、音にも間がある。
ミネラル不足にはひじきだ!
伊藤 紀之さん(写真家)
今では懐かしいと思えるフィルムの質感。アフレコ。
学生時代8ミリ映画制作をしていた大学生の経験からすると、裸も出せるプロはすごいなぁ、と。
しかも16を通り越した35ミリ!
このロケハンの場所、知ってる!とかw
恐らく普通の人と違うところで感動。
田代 尚也さん(映画監督)
"おかみ"が何と言おうとも日本には
春画や四十八手、ピンク映画とエロが文化として脈々と根付いている。
フィルムの質感が心地よい正統派ピンク映画!
くすっと笑えてエロもきちんと魅せた良質な映画なんで、
ピンク映画を観た事ない人にも観て欲しいなぁ。楽しい映画だよ!
ところで「たからぶね」って体位、あんなんで挿ってんの!?
僕は筋力ないから無理だなぁ(笑)
蔭山 リエチさん(CONTEMPORARY ART yokart のギャラリスト)
フィルム映画はやっぱりいいですね!
一枚うすーい膜があるようでそれがまた艶かしいほてる体温や、甘いケーキと体蜜の入り交じった匂いまで伝わってくるよう…
感情と本能、肉と心が絡み合い昇華する愛の営み
大海原は女、航海する船は男、その船を操るは女、向きを変える風は男…
波に呼吸をあわせ、ゆらりゆられて「たからぶね」はどこへ行く…
「セックス」というカタカタに愛を感じられず長く違和感を持ってましたが
これからは「たからぶね」とよぼう!
ピンク映画さいこー!カップルで観るのもお勧めな作品ですね。

最後に愛田奈々さん、佐々木麻由子さん、ほたるさん素敵な女優さんです。
私にないのよねー…あの艶が…
田辺 ユウキさん(評論、宣伝、CO2プロデューサー)
すっごく楽しかったです!

『色道四十八手』は、『テレクラキャノンボール』にハマった(ハメられた?)若者が進むべき、次なる一手だと思います。オトコ目線で言えば、あれだけ女性が喘いでくれて、またちゃんと喘がせてもらえるのは、まさに冥利に尽きるかと(笑)。

あと、セックス中の男女の会話や、足の指先の動きなど細やかな配慮が行き届いていて「さすがだなあ」と恍惚としましたし、それ以上に、ヤッた翌朝の朝食の何気なさが欲情をそそりますね。納豆は必須ですよね、やっぱり。

たからぶね、ヤるかヤらないかなら…ヤりたいです(パクってすみません!)
いずみ 朔庵さん(イラストレーター)
よく「江戸時代は性におおらかだった」という話を耳にしますが、この映画はそれをそのまま現代に置き換えたような話。
一般の映画として作っても面白い話になりそうだけど、そこはホラ、やっぱり、ね、ピンク映画ならではの画があるからこそ面白いんだと思います。
なんとなく真剣に観入ってしまって、終盤で「…!」となり(何が "…!" なのかは観てのお楽しみです)ふと映画のパンフレットに目をやると「人生は遠くから見れば喜劇」
というキャッチコピーが。ふぅん、なるほど。ストンと落ちました。
こういうおおらかさ、いいですね。

刺激の強いアダルトビデオがある中で、ピンク映画は夫婦やカップルで観るのにちょうどいいかも知れません。
湊 由妃さん(水墨画家)
「人生は遠くから見れば喜劇」なるほど確かにそうですね。

女性にも見やすいおもしろおかしい映画でした。

女性の可愛らしさや艶っぽさ、強さや怖さ、その全てを演じている愛田奈々さんが魅力的でした。
清水 大敬さん(俳優・映画監督)
これはピンク映画の王道だ!
二組の夫婦がすったもんだする。
これこそがピンク映画の王道だ!!
切通 理作さん(批評家)
井川監督は、全編乾いたコミカルなタッチを崩さず、かつてのピンク映画というジャンルにあった要素の自覚的な導入を根幹としながらも、いままで誰も見た事のない、奇妙で「食えない」映画に仕立て上げた。

「食えない映画である。」とは、かつて筆者が渡辺護監督の前作『喪服の未亡人 ほしいの…』の評をキネマ旬報に書いた時、末尾にどうしても、形容する言葉が見当たらず、半ば反射的に書き加えた一行であった。

渡辺護監督はその一行を気に入り、「次はもっと食えない映画にしよう」と、井川耕一郎と話したという。

宝船に乗ったヒロインの姿は、晩年この映画の脚本を読み、撮影を心待ちにしながら果たせなかった渡辺護の脳裏に、しっかりと焼き付いていたものでもあるに違いない。
山瀬 よいこさん(ピンク映画脚本家・ライター)
【 弁天たちよ、「女子力」を超えてゆけ 】
SHUNGA、エロ写真、四十八手、筆下ろしの符丁、紅い長襦袢の柄……随所に散りばめられたレトロなえろちかのピースを拾い集めれば、郷愁にも似たゆるい愛国心にたどり着く。
もちろん「ピンク映画」もたいせつなピースのひとつだ。
粗く艶のある画面が映し出す、いつか見た風景。
せつなさに笑い、滑稽さに涙する、すべての大人のための物語
塩田 明彦さん(映画監督)
とてもバカバカしく、面白かったです。
最低限の要素の組み合わせから、思いもよらぬナンセンスな展開を作り上げていく手つき。

今時こんな無時代的な"名人芸"を見せられるとは!
これこそ小津安二郎なら「無」と、谷崎潤一郎なら「寂」と呼んだ境地ではないのか。

いや、実に宝船!
山下 敦弘さん(映画監督)
一般の映画に比べ予算や撮影日数など、様々な部分で制約の厳しい"ピンク映画"であるはずなのに、この『たからぶね』を観ていると、いろんなモノがはみ出し、かつ無駄のない魅力に溢れていて、すごくカッコいい映画だった。
あとフィルムに映る男と女の裸はデジタルには表せない"いかがわしさ"と"美しさ"があってやっぱりカッコ良かったです。
常本 琢招さん(映画監督)
「独自の映像文体」を持っている監督は多くても、「独自の"ことば"」を持っている監督は数少ない。
いままで井川耕一郎は呪文にも似た独自のせりふ、そして独自の演技指導術を駆使して数々の独創的な、そして孤高の作品を作ってきた。
しかし今回は…「た・か・ら・ぶ・ね」という呪文を使いながら、誰が見ても楽しめる、敷居のメチャ低い娯楽映画になってるじゃないか!
頭脳は井川耕一郎、そしてその手腕には巨匠渡辺護が取り憑いたとしか考えられない。
息子の妖怪ウオッチを取り上げて見てみると、そこには、妖怪「奇跡のコラボ」が…
倖田 李梨さん(女優)
『人生は遠くから見れば喜劇』
正しくそうだなと
人生って滑稽だなと・・・改めて感じました

ピンク映画50周年作品!!
1/5くらいしか関わっていないけど、一応関わってる者として
こちらの作品は、沢山の方々に観て頂きたいです

この『たからぶね』の船出を皆さんと共に見守りたいなと思います

ブログより抜粋しました 全文はこちらにて
http://blog.livedoor.jp/ririkouda/archives/40803367.html
寺東 克己さん(アニメーション脚本・演出)
「デジタルもいいんじゃないの。マイケル・マンだって、最近ずっとデジタルだし~」と思っていた矢先、『たからぶね』を観た(正確には、観させて頂いた)。
「やっぱり、フィルムだよね」そう呟く自分がいた。あの感触を味わいに、もう一度劇場に行こうと思う。
終始、楽しい映画で、裏切られていた甥と叔母が結束し反撃を開始するあたりから、大いに乗ってしまった(佐々木麻由子の突然のキックに感動!)
古澤 健さん(映画監督)
最近はどんな映画を観ても「自分が出るとしたらどの役だろう」と、そればかり気になってしまう。素人のくせに、贅沢な悩みを楽しんでいる。素人だから、上から目線で「この映画、とくにやりたい役ないな」とか切り捨てたりもする。
で、『色道四十八手 たからぶね』だが、なかみつせいじさん演じる叔父さんとヒロイン愛田奈々さんの逢い引きの場面で、「うわ〜、この叔父さんの役やりたい! でもこれは素人には無理だなぁ〜!」と身悶えしてしまった。
あれ、井川監督はどうやって誘惑したんだろう。
万田 邦敏さん(映画監督)
うぶでエロに免疫がない主人公の千春が、寝言に「たからぶね」とつぶやくので、 「おお、これはつまり、本人が意識しないままエロの誘いに招き寄せられているんだな」と、相当にわくわくしたら、ちょっと違いました。
とはいえ、このとき千春が見ていた夢はどんな夢だったのだろう。そもそもあれは、寝言だったんだろうか。
というのも、「たからぶね」の一言で千春のエロに誘われたのは、それを脇で聞いていただんなの方とも言えるからだ。
そのエロが、冷め切った復讐の欲動へとスイッチングして、奇妙なスワッピングが始まると、もう笑わずにはいられない。
それにしても、映画を見終わった後、年甲斐もなく「たからぶね」をちょっと試してみたいとつい思ってしまうんだから(足がつるからやめなさい)、男って、やっぱバカだよね。
荒木 太郎さん(映画監督)
この作品は35㎜フィルム最後の成人映画の一本だが、献身に支えられたこのシステムはここから始まらなければならない。
愛田さんがその現場に立ち会えた事は重い責任が伴う事でもある。
時期がさらに作品を後押しした。
歴史の節目のこの時期に、渡辺護監督という名前を出す為に奔走した制作者達には大きな意図と願いを感じる。 
猿山 典宏さん(映像作家)
面白かったです!
念入りな設計図をみていると同時に、35mmフィルムでの撮影のルックでしょうか
2014年でありながら、今、一体いつの時代にいるのか?あの世の入り口にいるのか?
なんというか作品全体を通して、足摺岬から出た補陀落渡海を思い浮かべました。
作品をみてうれしくなったので、お昼前だったのですが一杯ひっかけて帰りました。
筒井 武文さん(映画監督)
ピンク映画五十周年記念作品という何やら裏社会が表舞台に出た晴れがましさを感じされられる呼称に相応しい『色道四十八手 たからぶね』は、複数のベクトルを潜在させた、驚嘆すべき映画というほかない。三角関係×2、という意味での四角関係のドラマツゥルギー。この極端に単純化されたプロットの王道に向かい合っているということ。

とりわけ正体がばれてからの若妻千春を演じる愛田奈々の輝きに満ちた挑発性が素晴らしい。岡田智宏演じる夫の一夫が再び惚れ直すのも当然ではないか。

井川演出は、長回しに頼らず、シーン内でも大胆に時間(即ちアクション)を飛ばし、それでいて感情を見事に持続させる。攻め込みの思い切りの良さは、渡辺護師匠譲りかもしれないが、資質はずいぶん違う。これは自主映画時代からの井川的異空間が表には出てないとはいえ、隙あらばという感じで、裏のリズムをつくっている。声と音楽の入るタイミングが絶妙だ。『色道四十八手 たからぶね』は、ほぼピンク映画の歴史に重なる五十年の渡辺護のフィルムグラフィと、八ミリ自主制作から出発した井川耕一郎の三十数年の研鑽が交錯したときに成立した"小さな奇蹟"なのである。

それだけではない。江戸時代の春画とブルーフィルム。ピンク映画よりはるかに先行する裏の映画史、すなわち百二十年の映画史と関係を取り結ぼうとしている。春画とその実例写真、さらにその体位の実例映画、浮気の証拠写真も含め、ただ一本の映画に、エロティシズムの歴史を凝縮し、お手本と用例を見事に織り込んだ手腕に拍手を送りたい。
髙橋 洋さん(映画監督・脚本家)
エロそのものがドラマを生み出す映画って作れないものかとずっと思っていた。人間ドラマや活劇の形を借りるのではなく、エロそのものが。小説だったら古くはサドとかあるじゃないか。
『たからぶね』はそれを成し遂げていた。誰が見たって面白い娯楽映画として。だから試写が終わってすぐ言ったのだ。
「俺が待ち望んでいたのはこれなんだ!」。
飯田 鉄さん(写真家)
おかしみと好ましき色気が絶妙にミックスされたピンクの真髄を久しぶりに堪能しました。
魅力溢れる女優陣と繊細に男の哀愁を演じる男優陣の好演、からみがとても楽しい。
さらに写真屋としては、近年絶無のフィルムでの撮影、そして上映にも大感動!

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